Share

第二話② ※※※(鴇視点)

Author: 三木猫
last update Last Updated: 2025-11-06 12:05:56

この日、俺達白鳥一家は珍しく休暇をとれた父親と一緒に買い出しに来ていた。

高校生にもなって家族で買い物ってどうなんだ?と思いつつも何気にきちんと大黒柱をしている親父に逆らえず、仕方なく一緒に来た訳だが。

葵も棗も久しぶりに家族での一時にご満悦である。可愛い双子の弟達も嬉しそうだし、まぁ、いいか。

結局は荷物持ちだろうがな。男四人で暮らしていると、とにかく食うから我が家のエンゲル係数はやばい数値を叩きだしている。

親父がそこそこ高給取りで良かったと心の底から思う今日この頃だ。

車が駐車場に止まり、車を降りると、丁度隣に車が入って来た。

(なんだ、あいつ?キモイ)

いかにもなオタク系デブが写真を見ながらハァハァ言っている。

何の写真か解らないが正直言ってキモイ。

着ている桃色のTシャツが汗で変色し、履いているデニムはそのデブい体ではち切れそうである。キャップを目深にかぶって眼鏡とキャップが一体化してる。顔は良く解らないが、何はともあれキモイ。

まぁ、ああやってる分には実害がないし、俺には関係ないからいいけどな。

「鴇?どうした?」

声をかけられて、俺は静かに頭を振った。

「いや、何でもない。それよりほら行こうぜ。今日の晩飯なんにする?」

「そうだなー…。たまにはうまいもんが食いたいな」

「人に料理させといて何だそれ。だったら親父が作れよ」

「そうだな。たまにはそれもいいかもな」

「やだーっ!!」

「鴇兄さんが作ったのがいいっ!!」

「そ、そんな…」

弟達の全力否定に親父がよろけた。それがおかしくて俺達は笑い合いスーパーへと入っていった。

買い物している最中。

俺はふと欲しかった参考書があったことを思い出した。

ここのスーパーは本屋も入っていたはず。

親父に本屋に行ってくると一言断りを入れて本屋へ向かう。

えっと参考書、参考書っと…。

目当ての棚に向かって歩くと、白いワンピースに麦わら帽子をかぶった、やたら可愛い子が踏み台の上で背伸びしながら本を取ろうとしていた。

(おいおい…。ありゃかなり危ないぞ。悪戯にしたって下手したら怪我する)

辺りを見渡し親の姿を探すが、それらしき人はいない。

こんなに可愛い子なんだから親もそれなりに美人だろう。

だがやはり本屋の中にはいないようだ。

(怪我されても、後味悪いしな)

俺はその子の後ろに立ち、彼女が欲しがっている本を見る。

(ドイツ語?しかも問題集か?結構レベル高いやつだぞ、あれ)

悪戯の線が高くなってきたな。

「これが、欲しいのか?」

とりあえず、この子を踏み台から降ろすのが先と後ろからその本をとってやろうとすると、

「―――ッ!?」

こちらが驚く位驚き、そしてその体が傾いた。

やべっ!

咄嗟に、その子の腰に腕を回し抱えた。

ふぅ、なんとか大丈夫そうだな。

その子はぎゅっと目を瞑り、いまだ何が起きたのか把握できてないようだ。

落ち着かせるように極力優しい声で、謝罪しつつ無事を確認すると、目を開いたと思ったら今度はカタカタと震え出した。

なんだ?そんなに怖かったのか?

その子の水色の瞳は完全に怯えを含み、涙目だ。

もしかしてこの態勢がやばいのか。

俺は改めてきちんとその子を抱え治し、もう一度、無事を確認する。

すると、その子は、

「だ、いじょうぶ、ありがとう」

と小さく呟いた。実際大丈夫そうな感じはしないが、知らない奴に抱きかかえられているんだ。

きっとそれも震えている一因だろう。

ゆっくりと腕の中の子を降ろし、取ろうとしていたであろう本を取り差し出した。

受け取ると嬉しそうな顔をするその子に少し興味を惹かれた。

「誰かにお使いでも頼まれたのか?」

そう訊ねると、その子は綺麗な金色をふわりと舞わせ、小首を傾げた。

なんでそこで意味が分からないという目でこっちを見るんだ。こっちこそ意味が解らないんだが…?

「じゃあ、その本は何に使うんだ?」

目の前にいる女の子の意図が読めず、少し苛立って問いかけると、数歩距離を開けて微笑んだ。

ヤバいな、ビビらせたかと焦り半分、でも残り半分は…笑うと滅茶苦茶可愛いその子に動きを止められた。

動きを止めた俺に反して、その子はふわりと笑い言った。

「べんきょうするの」

はっきりと言い切ったその言葉に驚く。

家の弟達より年下のこの子がドイツ語を勉強?

嘘つくにしてももっとやり方があるだろう。

「へぇ、誰が?」

態と苛立った風に声を出して言うと、その子はそんなの気にも留めずに、

「わたしが」

と言ってのけた。

「冗談だろ?」

そうじゃなきゃあり得ない。

心を込めて問うと、

「Thank you very much for saving me.Thank you also for handing me the book.I must get going now.」

上級者レベルの流暢な英語でお礼を返された。

驚愕し、またしても言葉を失っている間に、その子はこれ幸いとみるみる遠ざかり立ち去って行った。

慌てて声をかけるが時既に遅く、姿はもうない。

一体何だったんだ、今の子は。

暫く茫然としてしまう。

見た感じ五、六歳って所だと思うが、高校生で進学校の学年トップ5に入る自分より綺麗な発音で話していた。

(帰国子女?だとしたら、あんなに日本語がうまい訳がないだろ)

本当に謎だ。

……正直理由は分からないけれど、凄く気になる。

ロリコンではないつもりだが、あの見た目と中身のギャップが気になって仕方ない。

うだうだ考えても仕方ないので、悩むより行動あるのみ。俺はあの子の後を追おうと本屋の中を見回ったが、その子は予想外の展開で直ぐに見つかった。

「ママぁーーーーーっ!!」

叫び声がして弾かれた様に駆け出すと、さっきまで震えながらも話してくれた笑顔が可愛いその子が泣きながら母親に助けを求めていた。

両手を伸ばしてジタバタと暴れている。男の小脇に抱えられて。

あの男っ、隣の車に乗ってたキモデブっ!

走って逃げる奴の背後から母親らしき女性が追いかけている。

間違いなく血の繋がりを感じる美人だ。

いや、今はそんな事よりっ。

俺は手早くポケットから携帯を取り出し、父親に電話をかける。数回のコール音の後、親父はのんびり電話に出た。

本当にSPか、あんた。

『どうした?』

「今、女の子をキモデブが誘拐したっ」

『どういう意味だっ?』

「とにかく本屋の前に急いでくれっ、俺は犯人を追うっ!」

問答無用で通話を終える。あれでも親父は仕事柄察しが良い。親父は直ぐに動いてくれる筈。

俺は思考を切り替えて、少女を攫った男の後を追い掛けた。

「キャッ!」

前方で追い掛けていた、少女の母親がバランスを崩し、その場に転んでしまった。

慌てて走り寄り膝をつき彼女へ手を差し伸べる。だが、彼女は。

「大丈夫ですかっ?」

「私より、誰かあの子をっ、美鈴をっ」

俺の腕に縋り必死に子を助けてくれと訴える。その瞳は今にも泣きだしそうに。

やはり間違いなく親子だ。

さっきの少女を抱き上げた時の怯えた顔が目の前の女性とあまりにもそっくりだった。

絶対に助ける。安心させる為にそう伝えようとすると、

「鴇っ!」

自分達の傍に影が出来、親父の声がする。

これでこっちは大丈夫だと確信し、俺は立ち上がった。

「親父、あと頼んだっ!!」

あの子の母親を親父に託す。親父はそんな彼女の顔を見た瞬間、

「任せろっ!!」

床に座りこんでいる彼女をぎゅっと抱きしめた。

あのハンターのような目……間違いなく惚れたな。もろ親父のタイプだし。一度惚れるともう駄目なんだよな、あの親父。

厄介なのに惚れられた彼女に同情しつつ、さっと踵を返し、外に出たであろう誘拐犯を追い掛ける。

彼女の傍にいたせいで時間をとられたが、奴の車がどこにあるか知っていたから何も問題はない。

ああいうタイプは逃走手段の準備なく闇雲に走って逃げたりはしないだろう。

必ず車に戻る筈だ。あの子を連れて。

真っ直ぐ駐車場に走り奴の車へ向かうと、何故か奴がこちらへ向かって歩いてきた。

いかにも今店につきましたよ、みたいな顔で。しれっと。

「おいっ」

流石にムカつく。

そいつの前に立ち行く手を阻むと、深々と被ったキャップと黒縁眼鏡の下からこっちを睨み付ける。

「女の子攫っといて眼つけて寄越すとは、てめぇいい根性してるじゃねぇか」

さっとキモデブの顔が青ざめる。そもそも何で解られないと思ったんだ。あんだけ騒ぎを起こしといて。

一歩奴に近づくと、その後の行動は早かった。

デブの体に何でそんな脚力があんだよ。走って逃げだすその後ろを追い掛ける。

車に乗り込もうとする寸前に肩を掴み、強制的にこちらを向くように引っ張り勢いのままその頬に拳を叩き込んだ。

眼鏡と帽子が吹っ飛び、殴られた反動でデブは車に体を叩きつけられずるずるとへたり込みそのまま意識を失った。

「…ちっ。贅肉の所為で思ったよりダメージ与えられなかったな」

下手に意識を戻されて反撃されても厄介だ。

さっさと少女を助けよう。

そう思って車を覗こうとすると、隣の車、俺達白鳥家の車の中からコンコンと窓を叩く音が聞こえ、直ぐに弟達が俺の名を呼びながら目を輝かせて車から降りてきた。

「鴇兄さん。女の子、後ろにいるよっ」

「後ろ?後部座席か?」

「うぅん。そうじゃなくて。実は僕達買った荷物持ってあのキモイのより先に車に来てたんだ」

「父さんと鴇兄さんの会話が聞こえてて。多分コイツだと思って。だから、あのデブの車ロックかかってなかったし、開けたらキーが刺しっぱなしだったから」

計画的犯行だな。

態と車の鍵を閉めずにキーを刺しっぱなしにする事で、少女を乗せて直ぐにこの場から去るつもりだったんだろう。

「だから、僕達鍵奪っちゃった」

「ほら」

葵の手には車の鍵が握られていた。

成程。だから奴は戻ってきたのか。

「よくやったな。偉いぞ」

二人の頭をわしゃわしゃと撫でてやると二人は嬉しそうに微笑んだ。

さて、だとすると二人が言う所の後ろって言うのは…。

家の車の後方へ周り、トランクの窓ガラスをノックして中を覗き込む。

じっとガラス越しに中を覗くと、毛布がごそごそと動き出し中から金色が顔を出し、水色の潤んだ瞳がこっちを見た。

余程怖かったんだろう。

俺の顔を見ても尚びくびくと怯えている。

俺はゆっくりとトランクを開けて、その顔を覗き込む。

「大丈夫か?」

問うと、ほんの小さな、耳を澄ませないと聞き逃してしまう位の声で「本屋のお兄さん?」と聞き返してきた。

どうやらきちんと状況を把握できる程度には落ち着いているらしい。

その事にほっとしつつ、様子を見ているとボロボロとまた綺麗な瞳から涙が溢れ零れる。

そりゃ怖いよな。あんな目にあえば…。

「もう、大丈夫だから。ほら…」

俺は手を伸ばし少女を毛布ごと抱き上げた。

本屋でしたみたいに片腕に乗せるように座らせる。

軽い。本屋で抱えた時も思ったが羽の様に軽い。いつも、弟達を抱き上げ慣れてる所為か、女の子がこうも軽いとは思わなかった。

こんだけ軽けりゃデブでも抱えて走れるか。

カタカタと震える姿に弟達も可哀想に思ったのか、優しく声をかけている。

その姿を少し微笑ましく思いながら、俺は少女を連れてスーパーの中へと戻って行った。

それから、店のバックヤードにある休憩室へ入ると、俺に抱かれた少女に気付いた母親が弾かれた様に駆け出し俺から奪い取る様に少女を抱きしめた。

二人が互いの無事を確認し合あう。

「お帰り、鴇。葵と棗もよくやった」

後ろから親父が顔を出した。

「親父、どこいってたんだ?」

暗に惚れた女放って何処行ってたんだ、この馬鹿親父と言葉に含む。

「お前が捕まえたあれを部下に引き渡していた。あと店の方に説明をちょっとな」

「ふぅん」

「さ、これからが勝負だぞっ」

「……あっそ」

浮かれ切ってる親父に呆れた目線を送りながらも、俺は少しは協力してやってもいいかと言う気になっている。

俺もあの子には興味がある。

親父と二人視線を親子に戻すと、こちらの存在を思い出した二人が感謝と共に深い深い礼をしてくれる。

それに当然のことをしたまでと、母親に微笑みながら親父は俺にアイコンタクトを飛ばしてきた。

やれやれと肩を竦めつつ、既に少女の両サイドを囲んでいる双子の会話に割り込んだ。

「ねぇ、君。名前は?」

「教えて?僕も知りたい」

「あ、俺も知りたい」

本当は母親が【みすず】と呼んでいたのは知ってはいたのだが、親父が母親を口説く為の時間を稼ぐ為に話に参加した。

少女はちらりとこっちを確認すると、小さく、

「さとうみすずです」

と名乗った。…砂糖水…いや、なんでもない。

漢字はどう書くんだ?

素直な疑問を口にすると、みすずはぴたりと動きを止めた。

あんだけ俺に語学力を見せつけておきながら今更躊躇うってのはどう言う了見だ?と言葉の端々に嫌味が伝わる様にあえて丁寧に言葉を変え問いかけると、美鈴は黙って俺の手をとり手の平にその小さな指で漢字をするすると書いていく。

佐藤美鈴。

「成程。そう書くのか」

そう納得していると、双子が両サイドから美鈴の手を奪い取り握りしめた。

抜け駆けだの何だのと騒いでいる。

おい、お前ら。俺と美鈴に何歳の差があると思ってるんだ。

呆れそうになるが、やはり美鈴に興味を引かれ続けている自分もいて、完全に否定できないのが何とも言い難い。

しょうがない。

美鈴を抱き上げ、そのまま椅子を近くに寄せるとどっかりと座り込んで膝の上に美鈴を乗せる。

居心地が悪いのかもぞもぞ動いているが腰に手を回して逃がさない。

その両サイドを手を握って双子も美鈴を逃がすまいとしている。

これで一安心と親父の方へ意識を向けると、口説き落としが始まっていた。

甘い言葉をべらべらべらべらと、頭と口の中砂糖で埋まってるんじゃないか、あの親父と悪態を吐きたくなるくらいに甘い言葉を羅列して母親を口説いている。

ましてや四十に近いと言うのに、老いることのないあの爽やかフェイスが口説き文句をパワーアップさせていた。

母親は手を握られ恥ずかしそうに顔を伏せている。

そんな母親に焦ったのか、俺達から暴れて逃げ出し、美鈴が親父を牽制する。

しかし、そんな親父は息子の俺達を味方につけた。俺はそんなに加担していないが、双子はどうやら美鈴を大層気に入ったらしく一緒になって口説きに入っている。

…店の関係者以外立ち入り禁止の休憩室で一体何をしてるんだか。

そして、この状況をどうしたものか。

手を組んでその様子を眺めていると、戦い疲れた美鈴が俺の方へ歩いてきた。

しかし、完全に俺の側には来ずに一定の距離を保って。だからこちらから「どうかしたか?」と尋ね首を傾げると、

「イケメンの本気って、怖い…」

「は?」

さっぱり意味のわからん答えが返ってきた。

美鈴は俺に理解を求めてないのか、ただ小さく溜息をついて肩を落としたのだった。

その日、俺達は共に夕食を取る事になった。

男が多い所為か夕食は焼肉の食べ放題だ。惚れた女誘う最初の場所に焼肉って…。

親父ってこんなに残念な男だったか?

と思って憐れみの視線を送ると、親父は勝ち誇った顔をした。なんでだ?と疑問を表情に出すと顎で美鈴とその母親を見ろと促された。

仕方なくそちらを見ると二人共嬉しそうに前方を歩いている。

なんでだ。ただの食べ放題だぞ?

あんなスキップでもしそうなくらい喜ばしい場所じゃないぞ?

ますます疑問が増えると、横から声がした。

「普段外食は殆どしないそうだ。それに食べ放題とかも来たことがないらしいから」

「外食をしない?」

「…あの外見の所為だろうな。あんな二人が歩いていたら、誰だって見るだろう。そうなると落ち着いて食事なんて出来る訳がない」

言われて素直に納得した。

あと母親の方は今日みたいな事態を恐れていたんだろう。

「それに、今日は美鈴ちゃんの誕生日だそうだ」

「えっ?」

誕生日に誘拐されそうになるとか、可哀想過ぎるだろう。

「行くぞ。鴇。彼女達を是が非でも家族に引き入れる」

「…分かったって。今度はちゃんと協力してやる」

俺達は少し足を速めて彼女達を囲うように横に並んだ。双子も美鈴を挟む様に片手ずつ繋いでいる。

店の中に入ると、店員に案内され、六人用の個室へと案内された。

三人掛けのソファーが向かい合って置かれ真ん中に焼肉専用のテーブルがある。

奥から母親と美鈴、俺。反対に親父、双子の順に座って、案内した店員が必要事項の説明をしてきり上げたのを確認して、俺は立ち上がると美鈴へと手を伸ばした。

「美鈴、早速選びに行こうぜ」

「う、うんっ」

そっと俺の手を握り返して、ソファから跳ねるように地面に立つ。

その手はやっぱり少し震えているが安心させるように優しく握る。

「あ、ずるいよ、鴇兄さんっ」

「僕達も行くっ」

そう言って双子もくっついてきた。

親父は母親を口説き落とすのに全力を注ぐだろうから、付いてこないだろう。

俺達はバイキング風になっている食材の置かれたテーブルスペースへと向かった。

色んな肉が並んでいる。デザートも結構種類が豊富だ。飯類、スープ、サラダもあるな。

「美鈴、何食べたい?」

聞くと、美鈴はキョロキョロと楽しそうに辺りを見回している。

その姿は堪らなく可愛い。

「あ、ただしデザートは最後だぞ?」

冗談めかして言うと、一瞬目を瞬かせ、美鈴は笑った。

「だいじょうぶ。ごはんもちゃんとたべるよ」

…ヤバいな。かなり可愛いぞ、こいつ。

「…美鈴ちゃん、可愛い」

「うん。可愛い」

双子が無意識に口に出してしまうのも仕方ないと思えてしまうほど可愛い。

「えっと、えっと…とき、おにいちゃん…?」

うっ。ちょっと待てっ。落ち着け、俺。相手はまだ園児だっ。

名前を何で知ってるのかとかそんな些細な事はもうどうでも良くなってしまう。

要するに殺人的な可愛さだ。

「な、なんだ?」

声が上ずったりはしてない。絶対にしてない。

「おさら、とって?」

「あ、あぁ、そうか。そうだな。ちょっと待て。葵、棗。お前達持ってくれるか?俺は美鈴を抱き上げるから」

そうしないと美鈴は料理が見えないだろうって意図を込めて双子に言うと、二人はすんなり納得した。双子は皿置き場へ向かうと、中でも一番大きな皿を一枚ずつ持って戻ってきた。そして俺は美鈴を抱き上げる。

「見えるか?美鈴」

「うんっ」

「そうか。それで何食いたい?」

「うーんと、うーんと」

キョロキョロと視線を動かし、それでも嬉しそうに見渡す。

やっぱり焼肉食べ放題の店らしく肉の種類が豊富で、美鈴も並んでいる多種ある肉が気になるらしく、そちらを凝視している。

その視線が一か所で止まった。

「カルビがいいのか?」

問うと、顔を真っ赤にしてコクコクと必死に頷く。

「じゃあ、カルビにしよう。他はどうする?」

葵がささっと専用のトングを使って皿にカルビを乗せる。

「…ごはん、たべる…」

「他の肉はいいのか?」

コクコクと頷く。って言うか、肉、これだけでいいのか?

まさかダイエットって事はないよな?

まだ六歳だろ?…あ、いや、そうか。六歳だからか。そうだよな、六歳でそんなにがっつり食える訳ないか。

「分かった。飯とあとスープとサラダも持って行こうな」

極力優しくそう言うと、美鈴はまた嬉しそうに微笑んだ。

「……やっぱり可愛い」

「うん。可愛い」

おい、お前達。本音がだだ漏れだぞ。

まぁ否定は出来ないし、しないが。

「棗、葵。お前達も食いたいの全部乗せて来い。俺達は先に飯の所に行ってるから」

「うんっ」

「分かったっ」

美鈴を抱き上げたままサイドメニューのあるコーナーへ向かう。

へぇ、こっちも種類が豊富だな。

五目御飯に、紫ご飯に、鉄板の白米、五穀ご飯とかもあるな。

「ごもくごはん…」

キラキラ目が輝いている。ははっ、分かりやすい。

一旦美鈴を地面に降ろすと、トレイをとり、その上に茶碗を六つ並べる。

「ときおにいちゃん、わたしがおぼんもつ」

そう言って両手を俺の足下で必死に伸ばす。

なんだ、この生き物。可愛すぎる。

「本当に持てるのか?」

「もてるっ!」

ぐっと拳を握ってやる気満々の姿がまた可愛い。

「じゃあ、ほら」

トレイを預け、その上にある茶碗を一つ手に取り、五目御飯が入っているジャーを開けて手早く盛っていく。

四つに山盛りで、一つは少なめに、もう一つは普通に。

一つ盛っては美鈴の持っているトレイに戻して次を持つ。それを繰り返して、全部盛り終えると、次はスープの方へ移動する。

味噌汁からポタージュまでこっちも様々ある。

この店、かなり種類豊富だな。ちょっと感心してしまう。

「美鈴、何がいい?」

「わかめのみそしる」

…意外に渋いチョイスをされた。女の子だからポタージュとか冷製スープとか選ぶと思ってたんだが…。

そのギャップも面白くて、俺は素直に頷き、トレイを一つとると、スープ用の器に味噌汁を入れていく。

それもまた六つトレイに乗せ終わると、トレイを片手で持ち、二人で親父たちの下へと戻る。

「あ、戻ってきたな」

「お帰りなさい」

どうやら物凄く会話が弾んだようだ。二人の表情がとても晴れやかで満足のいく時間を過ごせたのが解る。

仲睦まじくなった二人の表情に、もう既に夫婦の域に到達してるんじゃないか?と思わされた。

「ママ、ごはんっ」

「美鈴、走ると転ぶぞ」

後ろから注意すると、

「ころばないもんっ」

と嬉しそうに微笑みながら美鈴が振り返った。

あぁぁ、ほんっとに可愛いなっ。頭を撫で回したいっ。

トレイをテーブルに置いて、身長的にテーブルに届かない美鈴からトレイを受け取るとそれもまたテーブルに置く。

弟達がまだ戻って来てないから、先に食べてるのもなんだし、俺は持ってきた飯とスープを配っていく。

美鈴とその母親から順番に置くと、

「ありがとう。えーっと」

あぁ、そうか。名前か。

「鴇です。白鳥鴇」

「鴇君ねっ。ありがとう」

大げさな位頭を下げるその母親に俺は苦笑しつつ首を緩く振る。

「これくらいどうってことないですよ」

「あ、これの事もそうだけど、それだけじゃなくて、今日の美鈴の事も含めて、ありがとう。本当に」

もう一度しっかりと頭を下げられ、しかもそれを見た美鈴も慌てて一緒に頭を下げている。

これは一体どうしたものか。視線だけで親父の反応を窺うがその目は「とにかくいい印象をつけておけっ!」と全力で訴えている。

勿論、その視線に抗う気はさらさらない。むしろ今はこの可愛い女の子を積極的に妹にしたいと思っている。ならば、取るべき行動は一つ。

「いいえ。もうお気になさらないで下さい。それに貴女がた親子には災難だったかもしれないが、今日貴女があの店に来てくれたおかげで、こうして可愛い子にも出会えたし、今まで無気力だった親父がこんなにも楽しそうだ」

俺は美鈴を母親の横に座らせて、その横に自分も座り、美鈴のその綺麗な金色を撫でた。

「…ありがとうございます。誠さんといい、鴇君といい、白鳥家の皆様は本当に優しい」

「ママ…」

「ねぇ、誠さん?」

真剣な瞳が親父を射抜く。

でも例え厳しい視線でも惚れた女に見つめられて親父は幸せそうだ。他人ならば気付かないだろうが、家族から見たらもうデレデレで瞳がもう緩みっぱなしだ。父親の威厳は何処行った。

「私も美鈴も、多分貴方達一家にとって、大変なご迷惑をおかけすると思うんです。今日みたいなことがこれから無いとは言えない。そんな私達でも、受け入れてくれますか…?」

後半の言葉はもう聞きとれないくらいか細い消えそうな声だった。

だが、親父の耳にはしっかりときっかりと一言も逃さず届いている。と言うかこの親父が惚れた女の声を聴き洩らす訳がない。

「勿論です。それに佳織さん。私はこう見えてもSPです。自分の家族くらい守り切ってみせますよ。貴女と貴女の宝物を必ず守り抜いてみせます。だから、…私と結婚して貰えますか?」

「……誠さん…。私で、宜しければ…はい」

…やった。親父が一日で口説き落とした。マジかよ。

「イケメン、マジ、怖い」

隣から小さい何かが聞こえた気がする……気のせいか?

求婚を受けて貰い、親父が歓喜に沸く。傍目普通だが息子の俺にははっきり分かる。超絶浮かれている。

「お父さん、どうしたの?」

「喜べ、お前達。お前達にお母さんと妹が出来たぞ」

「鴇兄さん、ホントっ!?」

浮かれている親父に聞いても真っ当な返事が来ないと踏んだのか、山盛りに肉が盛られた皿を持ったまま双子が俺を見る。

確かにプロポーズは成立していたから、まぁ、間違いはないだろう。

双子に分かる様に頷くと、二人はパァッと見るからに喜んだ。

「美鈴ちゃんが妹になるのっ!?」

「一緒に暮らすのっ!?」

「そうだ。今すぐって訳じゃないがな」

「やったぁっ!」

「僕達お兄ちゃんっ!?」

「そうだな」

二人が嬉しそうに飛び跳ねる。肉が落ちる。止めとけ。

皿を置いて座る様に指示して、その肉の山に一瞬引く。

どんだけ持ってきたんだ。…まぁ食べきれるだろうけど。

その後、俺達は和やかな雰囲気で食事を開始した。

驚いたのは、美鈴がトングを持って焼き始めた事だ。しかも絶妙な焼き加減で、渡されて食べたんだが美味い。焼き方一つでこんなに変わるものかと俺達親子は絶句した。

何故か佳織母さん(親父からもう家族だからそう呼べと言われた)も盛大に驚いていたのが気になる。

「ときおにいちゃん、おやさいもたべなきゃダメだよ?」

そう言いながら、俺の取り皿に野菜を乗せてその上に何か調味料を適量かけて肉を乗せると器用に巻いてくれる。

折角巻いてくれたんだから、とそれを箸で掴み口に含むと、それもまたちょうどいい塩加減で素材の旨味を引き出して、旨い。野菜のシャキッとした歯触りもしっかりと感じられる。

本当に美鈴は色々と規格外だ。

「美鈴ちゃん、僕にもっ」

「僕も欲しいっ」

「いいよっ」

自分の作ったものが美味しいと言われ嬉しいのか、美鈴はてきぱきとさっき俺に作ってくれたものと同じ物を作って、皿に乗せると双子に差し出した。

差し出されたものを受け取り、双子は直ぐにそれを口の中に放り込み、キラキラと目を輝かせた。

分かる。旨いよな。

普通に考えて、焼肉食べ放題の店でここまでの味は期待しない。

大衆向けに味つけしているから、やたら塩気が強かったり逆に味がしなかったり。この店は後者で味があんまりしない。

なのに、貰ったそれはさっきも言ったように絶妙な味で旨いんだ。

焼き方一つでこんなにも違うのかと思い知り目から鱗がボロボロと落ちる。

双子が盛大に美味しいと繰り返すので興味を持った親父が美鈴に微笑みながらおねだりをしていた。

いい年したおっさんがおねだりって…。

じと目で親父を見るが、相手は全く動じていない。

「美鈴ちゃん、私にも作ってくれるかな?」

「うんっ、まことパパ。ママにもつくるねっ」

「ありがとう、美鈴」

美鈴は楽しそうに、自分の分は焼かずにせっせと焼いて作って皆に配って―――ちょっと待て。

「おい、美鈴。お前はちゃんと食ってるか?」

「たべてるよ?」

だったら何で視線を逸らす。美鈴の手元に視線を移すと、そこには手のつけられていない五目御飯と味噌汁、そして焼いた肉が一枚もない綺麗な皿があった。

「…美鈴」

「?」

首を傾げる美鈴。騙されないからな。

「葵、五目御飯と味噌汁のお代わり持ってこい」

「え?うんっ」

「棗は、カルビの追加、な」

「うん、分かった」

目の前に座る双子に頼むと、即動き指示した物を持って戻ってきた。

すっかり冷めてしまった美鈴のご飯とスープを手前に寄せて、双子に持って来て貰ったご飯とスープを受け取り俺の前に置く。五目御飯の入った器を片手で持つと、箸で五目御飯を掬い美鈴の口の前に差し出した。

「ほら、美鈴。あーん」

流石にびっくりしたのか、大きな目が更に真ん丸と見開かれる。

「食べないと、減らないぞ。美鈴、お前、もう少し太れ。抱き上げた時の軽さったらかなり心配になる」

おぉ、美鈴が林檎並に赤くなった。

六歳でもうこんな反応するってのはやっぱり女の子は早熟なんだな。

一向に引く気がない俺に暫く視線を彷徨わせた後、諦めた。いや、覚悟を決めた?美鈴は目の前の五目御飯をぱくりと口に含んだ。

もぐもぐと咀嚼して飲み込んだタイミングに、目の前の網で焼かれたカルビを箸でとり、その口に差し出す。

ぱくりとまた口に含み、もぐもぐと咀嚼する。

カルビは余程好きなんだな。幸せそうな顔で噛んでいる。

また飲み込んだタイミングにご飯を差し出す。

……餌付けだな、これ。が、楽しいから止める気はない。

暫く美鈴の餌付けを堪能していると、横からくすくすと笑う声が聞こえた。

「ふふっ。良かったわね、美鈴。お兄ちゃんに食べさせて貰えて」

佳織母さんの言葉に美鈴は益々顔を赤くさせる。

器がすっかり空になったのを確認して、俺は席を立ち美鈴を抱き上げた。

「さ、デザートを取りに行くか」

美鈴を連れて歩き出すと、双子が慌てて追いかけてくる。

そして、デザート皿に全種類一つずつ置き、ついでにドリンクバーでメロンソーダをコップに入れてその上にソフトクリームを巻いていく。

今やってるアルバイトのおかげでこれだけは結構得意なんだよな。

綺麗に巻いたそれを美鈴に渡すと両手を上げて跳ねあがらんばりに喜ぶ。

それを見て双子も挑戦したが、二人共見事に失敗しソフトはソーダの中へと沈んで溶けた。

しょんぼりした双子がおかしくて声を上げて笑う。それに釣られた様に美鈴がくすくすと笑い、双子も「ま、いいか」と一緒に笑った。

なんだかんだで楽しく食事が終わり、店を出る頃には親父と佳織母さんは肩を並べて歩き、俺達子供四人もすっかり打ち解けていた。

親父の車に皆で乗り込み、佳織母さんは助手席に、俺達は後部座席に。美鈴は俺の膝の上に座らせて、俺の両サイドに双子が座る。

暫く車で揺られている内に、さっきまで身を固くしてた美鈴が俺の胸に背を預けてきた。

その顔を後ろから覗き込むと、

「……寝てる」

それも気持ち良さそうに。

「可愛いなぁ。美鈴ちゃん」

「うん。ほんとに可愛い」

「僕達の妹なんだよね」

「うん。僕達の妹」

嬉しそうに双子がその顔を覗き込む。規則的なその呼吸を聞いてると自然と笑みが浮かぶ。それはきっと双子も一緒だ。

「本当、皆に心許したのね。美鈴。普段は人前で寝たりしないのに」

赤ちゃんの時は寝かしつけるのも苦労したのよと笑いながら言う。

あれだけ震えて怖がっていた子が、母親以外傍に寄せ付けなかった子が自分に気を許してくれた。それは。

「嬉しいですね」

ぽろっと零れた嘘偽りない本音。

腕の中で眠るこの愛おしい存在に好かれているなら、これ程嬉しい事はない。

俺は美鈴の額にそっとキスを落とした。

佳織母さんと美鈴の家につき、二人が家に入るまで見届け、俺達は自宅へと向かう。

「鴇、葵、棗」

「なんだよ、親父」

代表して俺が返事をすると、バックミラー越しに光る怪しげな瞳。嫌な予感がする。

「…一週間で準備するからな。覚悟しておけ」

「……マジか」

一週間で結婚の手続きから何から全て準備して一緒に住むと宣言され、俺は頭を抱えたくなった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 乙女ゲームのヒロインに転生しました。でも、私男性恐怖症なんですけど…。   小話22 親の戦い

    『…以上です。他のご質問は…では、そちらの…』 記者会見が始まり、ホテルの会場は沢山の報道陣で埋め尽くされている。 白鳥家と言えばかなり大きい上にFIコンツェルンも吸収合併となれば仕方ないかもしれない。 私は誠さんと二人、良子お義母様が座る舞台の直ぐ側に控えていた。 「先に子供達を部屋に返しておいて正解だったね」 誠さんが苦笑して私に向かって言う。 それに何故か私は素直に頷けなかった。どうしてだろう。 私は今美鈴から離れてはいけなかったのではないか、と。 ずっと胸の中がモヤモヤとしている。心のどこかがざわざわとして、ずっと全身がピリピリとした緊張感を持っていた。 (どうして、こんなに…。…美鈴に何かがあると言うの?だとしたら、乙女ゲームに関連している筈…。でも、こんな白鳥家に関わるようなイベントは…。いえ。ちょっと待って。『白鳥家』に関わるイベントはない。だけど、もし『白鳥家』関連のイベントではなかったとしたら…?) 記憶を巡る。そして私は一つのイベントに辿り着いた。 メインヒーローである樹龍也のイベントだっ! ホテルでの強制イベント。爆弾テロイベントだっ!! 「しまった…」 さーっと血の気が引く。 「佳織…?」 そんな私を心配して誠さんがぐっと肩を抱き寄せてくれるが、今はそれ所ではない。 「美鈴っ!!」 誠さんを跳ね除けて出入り口の方へ駆けだす。 あのイベントは確か、皆睡眠薬を嗅がされて、尚且つ体を麻痺させられてととんでもないイベントだった。 いつかこのイベントは起きるだろうと覚悟はしていた。 (していたわ。けど、まさか今とは思わないじゃないっ!) せめて、小学高学年に発生するなら、美鈴だってもっとちゃんと対処できる体格に育っていたはずなのに、まだ園児と変わらない様な体格じゃ、そんなの無理に決まってるっ!! 沢山いる記者の脇を抜けて私が豪華なドアへと手をかけた瞬間。―――ドサッ。誰かが倒れる音がした。 慌てて背後を見ると、そこには倒れた記者の姿。―――ドサッ。ドサドサッ。一人、二人と次々と倒れて行く。 まさか、全ての記者を眠らせる為に睡眠薬を撒いていると言うのっ!? ドアノブへ手をかけてグッと引っ張ってみる。 ガチャガチャと音だけをならして開く気配がない。鍵っ!? 辺りに視線を巡らせる。倒れた人間は

  • 乙女ゲームのヒロインに転生しました。でも、私男性恐怖症なんですけど…。   第十一話④ ※※※(樹視点)

    俺は全力で走っていた。 エレベーターが動く内に出来る限り進まねばならない。 真っ先に最上階の23階に行ってしまう事にする。 まさか自分がこんな風に爆弾解除をしてまわるなんて思っても見なかった。 だが…。 (こんな非常事態なのに、わくわくする…) これも全部白鳥妹が俺の想像外の事をしでかすからだろう。 パーティでいきなりピアノの難曲を弾きこなした事といい、あっさりと爆弾を解除して、場所を導き出した事といい。 美鈴に関わっていると、飽きる事がない。楽しい。 最上階に辿り着いて急いで美鈴が言っていた2317号室へ走る。ドアを開ける為にカードキーを通してドアを開けると倒れている白鳥兄がいる。 そいつはどうやら意識はしっかりあるらしい。美鈴仕込みの荒業、解毒剤を口に突っ込み、爆弾の在処を探す。 何処にあるっ!? ありそうな場所を手当たり次第探して、何とか発見し、12と入力して、青のコードを鋏で切る。 これでいいんだな。 そのまま白鳥兄に近寄ると、そいつは問題なさげにいとも簡単に立ち上がり、舌打ちした。 「おい。樹財閥の跡取りだな、お前。葵のダチの」 「そうだ」 今美鈴に関してのあれこれで若干不仲になりつつあるが、間違いではないので頷く。 「これは、美鈴の指示だな?」 「あ、あぁ」 驚いた。兄がこんな風に言うって事は、それだけ美鈴の能力を知っており、美鈴の実年齢を疑いたくなる程賢いって事を証明している訳で。 「次は葵と棗を助けに行くってとこか?」 「そうだ」 「なら、こいつが使い時だな」 そう言って胸ポケットからカードキーが二枚取り出される。 「変な奴らが襲ってきて応戦してたら落としてったんでな。咄嗟に拾ったら麻痺する薬使って来やがった」 「成程」 「美鈴は二人の居場所が何処だと言っていた?」 「21階の食材倉庫、そして18階の1801号室らしい」 「そうか。なら俺が18階に行く。お前は21階へ行け」 「分かった。ならアンタにこれを渡しておく。解毒剤だ」 「あぁ、俺がさっき飲まされた奴だな」 「そうだ。それから部屋には必ず爆弾がある。箱の鍵は12、あと青いコードを切ればいいそうだ」 「了解だ」 ざっと説明して俺達は部屋の外で別れた。今度はエレベーターより階段の方が速い。 階段を駆け下りて21階の食材倉庫へと

  • 乙女ゲームのヒロインに転生しました。でも、私男性恐怖症なんですけど…。   第十一話③ ※※※

    「で?どこのどいつだ?美鈴ちゃんの髪を、私の天使の髪をこんなにしたのは?」 怒れる七海お姉ちゃんの前で私は苦笑していた。 昨日、髪の毛をあいつに捕まれて逃げる為に髪を切ったものの、あんまりにザンバラ髪になってしまったので、どうしようか考えてた所、透馬お兄ちゃんとすれ違った。 そして私の髪を見て物凄いショックを受けたらしく、その場に崩れ落ちた。そのままお家へ棗お兄ちゃんごと連行されて、軽く直してくれたんだけど。 それでも納得いかないらしく、手直しするから明日も来てくれと言われたので、今日もまた学校帰りにこうしてお家に寄らせて貰ったのである。 透馬お兄ちゃんの部屋の中に新聞紙とビニールが敷かれていて、その上に椅子が一つ。座る様に促されてそこへ座ると首の周りにビニールが巻かれた。間にタオルが挟まってる所が手慣れてる感を感じる。 七海お姉ちゃんが補佐としてついてくれるらしく、二人の共同作業が開始された。 で、ザンバラな私の髪を整えていたら怒りが復活したようで、最初のセリフに戻る訳だ。 「全くだ。おい、七海。ここの右側、どう思う?」 「もう少し、短い方が可愛いと思うっ!…折角髪が伸びてほわほわの天使ちゃんだったのに…」 「大地ん所なんて家族全員が報復しに行こうと頑張ってたぞ」 「嵯峨子のお姉達だって拳鳴らしてたよ」 話ながらも的確に髪を切り揃えてくれる。透馬お兄ちゃんて本当に器用だよね~。因みに今部屋にいるのは私達三人だけ。学校まで七海お姉ちゃんが迎えに来てくれたから、お兄ちゃん達はしっかりと部活に出てる。 「美鈴ちゃん。本当に誰なの?こんなことしたの」 「だから、自分で切ったんですって」 「それは疑ってねぇよ。ただな、姫。俺としては姫がどうして切らなきゃならなくなったのかを知りたいんだよな~?」 うぅ…鋭い。ここは一つ。明るく話して流そうではないかっ! 「えっとねっ、無理矢理キスされて、身の危険を感じたので掴まれた髪を切って逃げたのっ。えへへっ」―――ピシッ。んん?二人の動きが止まったぞ。あれ?極力明るく子供らしく言ってみたんだけど、駄目?失敗? 「透馬。ちょっと、あれ貸してよ。この前お遊びで作ったって言うメリケンサック」 「待て待て、七海。直ぐ改良してやっからもう少しだけ時間寄越せ」 うふふ、あははって二人共怖い怖いっ!!

  • 乙女ゲームのヒロインに転生しました。でも、私男性恐怖症なんですけど…。   小話21 葵の怒り

    ムカムカムカ…。 脳内と腹の奥底から苛立ちが支配して僕はその苛立ちのまま家の玄関のドアを開けた。 「…………ただいまっ」 「お帰りなさいませ。坊ちゃま」 出迎えてくれたのは金山さん。佳織母さんはこの時間帯だと部屋で仕事、父さんも勿論仕事で、お祖母さんはきっと美智恵さんとまた二人で仲良くお茶でもしてるんだろう。 「どうかされましたか?随分お怒りのご様子ですが…」 「……何でもないです。それより、優兎は帰ってますか?」 「はい。お帰りになられてますよ。今は部屋でお勉強をなさってますが」 「そうですか。…美鈴と棗も一緒に?」 いつも四人で勉強するし、二人は先に帰したから当然もう帰ってるものだと思ってそう聞き返したら、否が帰って来た。 驚いて聞き返す。 「まだ帰ってないのっ!?」 「はい。…っと今帰られたようですよ」 「今って…えっ!?」 慌てて玄関のドアを開けると。 「わっ!?」 「ちょ、葵っ、危ないよっ。鈴に当たったらどうするの」 二人が突然開いたドアに驚きながらもただいまと中に入って来た。 「葵お兄ちゃんも今帰ってきたのー?」 「うん。そうだけど…」 何で今帰って来たのかと視線だけで棗に訴える。すると棗は苦笑して答えを教えてくれた。 「途中で透馬さんと会ってね。鈴の髪を見て崩れ落ちちゃって。せめて見れるようにって直してくれたんだ」 「あぁ、成程」 そうだ。そう言えば龍也に髪を切られたんだっけ。 驚きでおさまった筈の怒りが復活し、目が吊り上がる。 「葵。後で詳しく教えて」 「……分かった」 僕の怒りが棗に伝染し、棗までも目が吊り上がった。 「ねぇ、葵お兄ちゃん」 くいくいと制服の裾を引っ張られ、鈴ちゃんの方を向く。ビクッと怯えた鈴ちゃんに僕は慌てて笑みを浮かべて雰囲気を和らげる努力をした。 鈴ちゃんを怖がらせたい訳じゃないから。 微笑んで、 「どうしたの?鈴ちゃん」 と努めて優しく言うと鈴ちゃんは微笑みを返してくれた。 「あの、ね?…その……髪、短くなった、けど…似合う?」 言いながら顔がどんどん赤くなっていく。可愛いっ! 似合うかどうかだって?そんなのっ。 「似合うよっ!鈴ちゃんはどんな髪型だって似合うに決まってるじゃないかっ!」 「で、でもね?棗お兄ちゃんも、葵お兄ちゃんも長い方が好きみた

  • 乙女ゲームのヒロインに転生しました。でも、私男性恐怖症なんですけど…。   第十一話② ※※※(樹視点)

    「後は任せたよ、棗」 「分かってる。……樹、腹くくっておけよ。葵を怒らせたんだからな」 棗の腕の中には俺が求めてやまない女がいる。 それを見送り俺は真正面の怒れる男と向き合った。 原因は分かってる。この手に握られた美鈴の髪と美鈴のあの姿だろう。そしてその状況を作りだしたのは俺だ。 だから、この怒りは真っ当なものだ。 棗の言う通り腹を括る必要はあるだろう。 「何か、言い訳はある?」 「……いや、ない」 「そう。なら―――」―――ガンッ!!葵の拳が頬に当たり、脳内がぐらぐらと揺さぶられた。 吹っ飛ばずに踏ん張った自分を褒めてやりたいくらいだ。 「僕は言ったはずだよね?一切近寄るなって」 「あぁ」 「そして君も納得したはずだね?」 「あぁ」 「なら、どうして、君は美鈴の髪を持って僕に殴られてるのかな?」 ぐっと言葉に詰まった。 あいつにキスをしたのは、完全な衝動だった。―――可愛いと思ったんだ。震える姿が。嫌だと叫ぶその姿が。 「………すまない」 自分が悪い事は解ってる。葵から美鈴が男が苦手だから、近寄るなと言われていた。でも、一度知ってしまったら、無理だ。俺はあいつが知りたくて仕方なくなった。 「すまないって何に対して謝ってるの?…龍也。僕の大事な妹に謝るような事をしたんだ?何をした?」 声が氷点下越えしている。口調も普段の柔らかさが消え失せていた。 「…追いかけて、キスをした」 「………もう一度、言ってくれる?」 流石にもう一度言う勇気はなかった。口を噤むと、はぁと大きなため息が聞こえ、もう一発頬に衝撃が与えられた。 口の中を切ったのか、鉄の味がする。 「美鈴を龍也が気にいる予感はしていたんだ。僕達の妹って事で君の中にあるハードルがかなり低くなってるだろうし、何より君の好みど真ん中だから」 ど真ん中…。間違いではないが…。 何とも言い難い顔をしてるんだろう。俺を殴った事で少し怒りを収めた葵が俺の顔を呆れ顔でみていた。 「間違ってないでしょ?賢くて可愛くて龍也の内面を見てくれて、心の強い女の子。違う?」 違わない。葵の言葉を一々否定できなくて、俯く。 すると、胸倉を掴まれて、思い切り睨まれた。 「君は美鈴を苦しめた。君に俯いて黙秘する

  • 乙女ゲームのヒロインに転生しました。でも、私男性恐怖症なんですけど…。   第十一話① 樹龍也

    風邪を引きました。えぇ、それはもうがっつりと。そりゃそうだよね。お風呂上りに雨の中走り回ってたらそりゃ引くよね。 子供の抵抗力のなさを忘れてました。 皆に物凄い心配をかけたらしく、完治した初日に正座でお説教を喰らいました。 特に双子のお兄ちゃん達が般若でした。滅茶苦茶怖かったよーっ!! こんこんとお説教されて、鴇お兄ちゃんと誠パパにも無茶はするなと怒られて、優兎くんが助け舟を出してくれなかったら、また学校を休む所でした。 にしても、高熱に魘されてたらしいんだけど、私、実はその時の記憶がないんだよね。 魘されて何か言ってたらしいけど、それをママに聞いたら泣きそうな顔で『ごめんね』って謝られた。なんでだろう?はて? ま、それはさておき。久しぶりの学校ですよー。 で学校に来たらきたで、華菜ちゃんの説教にあう。何故だ…。 私がお説教される度に隣で優兎くんが辛そうな顔をするのが、私的に結構くるというか…罪悪感が…。ごめんね、優兎くん。 口に出して謝るのも何か違う気がするから、心の中で全力で土下座しておくね。 「そう言えば、来月クリスマスだねー」 突発的に始まる華菜ちゃんの会話。 それにもう慣れっこな私と優兎くんは頷く。 「二人はサンタさんに何頼むか決めた?」 「う、う~ん…」 「サンタさん、か~…」 私と優兎くんは二人で首を捻った。 いや、だってさ~…。私もうサンタさん卒業して何年ってレベルだからさ~。 それにママ達のお財布事情知っちゃってるとねー…。って言うか、家計簿つけてるの私だしなぁ。 あぁ、でも、調査は必要かな?葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんが欲しがってるのは何か聞いとかないと。あと、旭に何か買ってあげないとな。 「…むむっ。二人共、さてはサンタさんにお願いしないタイプねっ?」 「えっ!?いや、それは、そのー…そ、そうだっ。私、毛糸にするっ!」 咄嗟に口に出したわりには良いプレゼントだと思う。 だって、編んでお兄ちゃん達にあげられるし。編み物することで私も楽しめる。 「毛糸~?美鈴ちゃん、それ何に使うの?」 「勿論編んでマフラー作ったりセーター作ったりするんだよ」 胸を張りつつ答えてみたけど。…って言うかさ? 自分で毛糸買って、皆にクリスマスプレゼントあげるってどうよ? フェイクファーの毛糸を指編みとかでざっくり

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status