LOGINこの日、俺達白鳥一家は珍しく休暇をとれた父親と一緒に買い出しに来ていた。
高校生にもなって家族で買い物ってどうなんだ?と思いつつも何気にきちんと大黒柱をしている親父に逆らえず、仕方なく一緒に来た訳だが。 葵も棗も久しぶりに家族での一時にご満悦である。可愛い双子の弟達も嬉しそうだし、まぁ、いいか。 結局は荷物持ちだろうがな。男四人で暮らしていると、とにかく食うから我が家のエンゲル係数はやばい数値を叩きだしている。 親父がそこそこ高給取りで良かったと心の底から思う今日この頃だ。 車が駐車場に止まり、車を降りると、丁度隣に車が入って来た。 (なんだ、あいつ?キモイ) いかにもなオタク系デブが写真を見ながらハァハァ言っている。 何の写真か解らないが正直言ってキモイ。 着ている桃色のTシャツが汗で変色し、履いているデニムはそのデブい体ではち切れそうである。キャップを目深にかぶって眼鏡とキャップが一体化してる。顔は良く解らないが、何はともあれキモイ。 まぁ、ああやってる分には実害がないし、俺には関係ないからいいけどな。 「鴇?どうした?」 声をかけられて、俺は静かに頭を振った。 「いや、何でもない。それよりほら行こうぜ。今日の晩飯なんにする?」 「そうだなー…。たまにはうまいもんが食いたいな」 「人に料理させといて何だそれ。だったら親父が作れよ」 「そうだな。たまにはそれもいいかもな」 「やだーっ!!」 「鴇兄さんが作ったのがいいっ!!」 「そ、そんな…」 弟達の全力否定に親父がよろけた。それがおかしくて俺達は笑い合いスーパーへと入っていった。 買い物している最中。 俺はふと欲しかった参考書があったことを思い出した。 ここのスーパーは本屋も入っていたはず。 親父に本屋に行ってくると一言断りを入れて本屋へ向かう。 えっと参考書、参考書っと…。 目当ての棚に向かって歩くと、白いワンピースに麦わら帽子をかぶった、やたら可愛い子が踏み台の上で背伸びしながら本を取ろうとしていた。 (おいおい…。ありゃかなり危ないぞ。悪戯にしたって下手したら怪我する) 辺りを見渡し親の姿を探すが、それらしき人はいない。 こんなに可愛い子なんだから親もそれなりに美人だろう。 だがやはり本屋の中にはいないようだ。 (怪我されても、後味悪いしな) 俺はその子の後ろに立ち、彼女が欲しがっている本を見る。 (ドイツ語?しかも問題集か?結構レベル高いやつだぞ、あれ) 悪戯の線が高くなってきたな。 「これが、欲しいのか?」 とりあえず、この子を踏み台から降ろすのが先と後ろからその本をとってやろうとすると、 「―――ッ!?」 こちらが驚く位驚き、そしてその体が傾いた。 やべっ! 咄嗟に、その子の腰に腕を回し抱えた。 ふぅ、なんとか大丈夫そうだな。 その子はぎゅっと目を瞑り、いまだ何が起きたのか把握できてないようだ。 落ち着かせるように極力優しい声で、謝罪しつつ無事を確認すると、目を開いたと思ったら今度はカタカタと震え出した。 なんだ?そんなに怖かったのか? その子の水色の瞳は完全に怯えを含み、涙目だ。 もしかしてこの態勢がやばいのか。 俺は改めてきちんとその子を抱え治し、もう一度、無事を確認する。 すると、その子は、 「だ、いじょうぶ、ありがとう」 と小さく呟いた。実際大丈夫そうな感じはしないが、知らない奴に抱きかかえられているんだ。 きっとそれも震えている一因だろう。 ゆっくりと腕の中の子を降ろし、取ろうとしていたであろう本を取り差し出した。 受け取ると嬉しそうな顔をするその子に少し興味を惹かれた。 「誰かにお使いでも頼まれたのか?」 そう訊ねると、その子は綺麗な金色をふわりと舞わせ、小首を傾げた。 なんでそこで意味が分からないという目でこっちを見るんだ。こっちこそ意味が解らないんだが…? 「じゃあ、その本は何に使うんだ?」 目の前にいる女の子の意図が読めず、少し苛立って問いかけると、数歩距離を開けて微笑んだ。 ヤバいな、ビビらせたかと焦り半分、でも残り半分は…笑うと滅茶苦茶可愛いその子に動きを止められた。 動きを止めた俺に反して、その子はふわりと笑い言った。 「べんきょうするの」 はっきりと言い切ったその言葉に驚く。 家の弟達より年下のこの子がドイツ語を勉強? 嘘つくにしてももっとやり方があるだろう。 「へぇ、誰が?」 態と苛立った風に声を出して言うと、その子はそんなの気にも留めずに、 「わたしが」 と言ってのけた。 「冗談だろ?」 そうじゃなきゃあり得ない。 心を込めて問うと、 「Thank you very much for saving me.Thank you also for handing me the book.I must get going now.」 上級者レベルの流暢な英語でお礼を返された。 驚愕し、またしても言葉を失っている間に、その子はこれ幸いとみるみる遠ざかり立ち去って行った。 慌てて声をかけるが時既に遅く、姿はもうない。 一体何だったんだ、今の子は。 暫く茫然としてしまう。 見た感じ五、六歳って所だと思うが、高校生で進学校の学年トップ5に入る自分より綺麗な発音で話していた。 (帰国子女?だとしたら、あんなに日本語がうまい訳がないだろ) 本当に謎だ。 ……正直理由は分からないけれど、凄く気になる。 ロリコンではないつもりだが、あの見た目と中身のギャップが気になって仕方ない。 うだうだ考えても仕方ないので、悩むより行動あるのみ。俺はあの子の後を追おうと本屋の中を見回ったが、その子は予想外の展開で直ぐに見つかった。「ママぁーーーーーっ!!」
叫び声がして弾かれた様に駆け出すと、さっきまで震えながらも話してくれた笑顔が可愛いその子が泣きながら母親に助けを求めていた。
両手を伸ばしてジタバタと暴れている。男の小脇に抱えられて。 あの男っ、隣の車に乗ってたキモデブっ! 走って逃げる奴の背後から母親らしき女性が追いかけている。 間違いなく血の繋がりを感じる美人だ。 いや、今はそんな事よりっ。 俺は手早くポケットから携帯を取り出し、父親に電話をかける。数回のコール音の後、親父はのんびり電話に出た。 本当にSPか、あんた。 『どうした?』 「今、女の子をキモデブが誘拐したっ」 『どういう意味だっ?』 「とにかく本屋の前に急いでくれっ、俺は犯人を追うっ!」 問答無用で通話を終える。あれでも親父は仕事柄察しが良い。親父は直ぐに動いてくれる筈。 俺は思考を切り替えて、少女を攫った男の後を追い掛けた。 「キャッ!」 前方で追い掛けていた、少女の母親がバランスを崩し、その場に転んでしまった。 慌てて走り寄り膝をつき彼女へ手を差し伸べる。だが、彼女は。 「大丈夫ですかっ?」 「私より、誰かあの子をっ、美鈴をっ」 俺の腕に縋り必死に子を助けてくれと訴える。その瞳は今にも泣きだしそうに。 やはり間違いなく親子だ。 さっきの少女を抱き上げた時の怯えた顔が目の前の女性とあまりにもそっくりだった。 絶対に助ける。安心させる為にそう伝えようとすると、 「鴇っ!」 自分達の傍に影が出来、親父の声がする。 これでこっちは大丈夫だと確信し、俺は立ち上がった。 「親父、あと頼んだっ!!」 あの子の母親を親父に託す。親父はそんな彼女の顔を見た瞬間、 「任せろっ!!」 床に座りこんでいる彼女をぎゅっと抱きしめた。 あのハンターのような目……間違いなく惚れたな。もろ親父のタイプだし。一度惚れるともう駄目なんだよな、あの親父。 厄介なのに惚れられた彼女に同情しつつ、さっと踵を返し、外に出たであろう誘拐犯を追い掛ける。 彼女の傍にいたせいで時間をとられたが、奴の車がどこにあるか知っていたから何も問題はない。 ああいうタイプは逃走手段の準備なく闇雲に走って逃げたりはしないだろう。 必ず車に戻る筈だ。あの子を連れて。 真っ直ぐ駐車場に走り奴の車へ向かうと、何故か奴がこちらへ向かって歩いてきた。 いかにも今店につきましたよ、みたいな顔で。しれっと。 「おいっ」 流石にムカつく。 そいつの前に立ち行く手を阻むと、深々と被ったキャップと黒縁眼鏡の下からこっちを睨み付ける。 「女の子攫っといて眼つけて寄越すとは、てめぇいい根性してるじゃねぇか」 さっとキモデブの顔が青ざめる。そもそも何で解られないと思ったんだ。あんだけ騒ぎを起こしといて。 一歩奴に近づくと、その後の行動は早かった。 デブの体に何でそんな脚力があんだよ。走って逃げだすその後ろを追い掛ける。 車に乗り込もうとする寸前に肩を掴み、強制的にこちらを向くように引っ張り勢いのままその頬に拳を叩き込んだ。 眼鏡と帽子が吹っ飛び、殴られた反動でデブは車に体を叩きつけられずるずるとへたり込みそのまま意識を失った。 「…ちっ。贅肉の所為で思ったよりダメージ与えられなかったな」 下手に意識を戻されて反撃されても厄介だ。 さっさと少女を助けよう。 そう思って車を覗こうとすると、隣の車、俺達白鳥家の車の中からコンコンと窓を叩く音が聞こえ、直ぐに弟達が俺の名を呼びながら目を輝かせて車から降りてきた。 「鴇兄さん。女の子、後ろにいるよっ」 「後ろ?後部座席か?」 「うぅん。そうじゃなくて。実は僕達買った荷物持ってあのキモイのより先に車に来てたんだ」 「父さんと鴇兄さんの会話が聞こえてて。多分コイツだと思って。だから、あのデブの車ロックかかってなかったし、開けたらキーが刺しっぱなしだったから」 計画的犯行だな。 態と車の鍵を閉めずにキーを刺しっぱなしにする事で、少女を乗せて直ぐにこの場から去るつもりだったんだろう。 「だから、僕達鍵奪っちゃった」 「ほら」 葵の手には車の鍵が握られていた。 成程。だから奴は戻ってきたのか。 「よくやったな。偉いぞ」 二人の頭をわしゃわしゃと撫でてやると二人は嬉しそうに微笑んだ。 さて、だとすると二人が言う所の後ろって言うのは…。 家の車の後方へ周り、トランクの窓ガラスをノックして中を覗き込む。 じっとガラス越しに中を覗くと、毛布がごそごそと動き出し中から金色が顔を出し、水色の潤んだ瞳がこっちを見た。 余程怖かったんだろう。 俺の顔を見ても尚びくびくと怯えている。 俺はゆっくりとトランクを開けて、その顔を覗き込む。 「大丈夫か?」 問うと、ほんの小さな、耳を澄ませないと聞き逃してしまう位の声で「本屋のお兄さん?」と聞き返してきた。 どうやらきちんと状況を把握できる程度には落ち着いているらしい。 その事にほっとしつつ、様子を見ているとボロボロとまた綺麗な瞳から涙が溢れ零れる。 そりゃ怖いよな。あんな目にあえば…。 「もう、大丈夫だから。ほら…」 俺は手を伸ばし少女を毛布ごと抱き上げた。 本屋でしたみたいに片腕に乗せるように座らせる。 軽い。本屋で抱えた時も思ったが羽の様に軽い。いつも、弟達を抱き上げ慣れてる所為か、女の子がこうも軽いとは思わなかった。 こんだけ軽けりゃデブでも抱えて走れるか。 カタカタと震える姿に弟達も可哀想に思ったのか、優しく声をかけている。 その姿を少し微笑ましく思いながら、俺は少女を連れてスーパーの中へと戻って行った。 それから、店のバックヤードにある休憩室へ入ると、俺に抱かれた少女に気付いた母親が弾かれた様に駆け出し俺から奪い取る様に少女を抱きしめた。 二人が互いの無事を確認し合あう。 「お帰り、鴇。葵と棗もよくやった」 後ろから親父が顔を出した。 「親父、どこいってたんだ?」 暗に惚れた女放って何処行ってたんだ、この馬鹿親父と言葉に含む。 「お前が捕まえたあれを部下に引き渡していた。あと店の方に説明をちょっとな」 「ふぅん」 「さ、これからが勝負だぞっ」 「……あっそ」 浮かれ切ってる親父に呆れた目線を送りながらも、俺は少しは協力してやってもいいかと言う気になっている。 俺もあの子には興味がある。 親父と二人視線を親子に戻すと、こちらの存在を思い出した二人が感謝と共に深い深い礼をしてくれる。 それに当然のことをしたまでと、母親に微笑みながら親父は俺にアイコンタクトを飛ばしてきた。 やれやれと肩を竦めつつ、既に少女の両サイドを囲んでいる双子の会話に割り込んだ。 「ねぇ、君。名前は?」 「教えて?僕も知りたい」 「あ、俺も知りたい」 本当は母親が【みすず】と呼んでいたのは知ってはいたのだが、親父が母親を口説く為の時間を稼ぐ為に話に参加した。 少女はちらりとこっちを確認すると、小さく、 「さとうみすずです」 と名乗った。…砂糖水…いや、なんでもない。 漢字はどう書くんだ? 素直な疑問を口にすると、みすずはぴたりと動きを止めた。 あんだけ俺に語学力を見せつけておきながら今更躊躇うってのはどう言う了見だ?と言葉の端々に嫌味が伝わる様にあえて丁寧に言葉を変え問いかけると、美鈴は黙って俺の手をとり手の平にその小さな指で漢字をするすると書いていく。 佐藤美鈴。 「成程。そう書くのか」 そう納得していると、双子が両サイドから美鈴の手を奪い取り握りしめた。 抜け駆けだの何だのと騒いでいる。 おい、お前ら。俺と美鈴に何歳の差があると思ってるんだ。 呆れそうになるが、やはり美鈴に興味を引かれ続けている自分もいて、完全に否定できないのが何とも言い難い。 しょうがない。 美鈴を抱き上げ、そのまま椅子を近くに寄せるとどっかりと座り込んで膝の上に美鈴を乗せる。 居心地が悪いのかもぞもぞ動いているが腰に手を回して逃がさない。 その両サイドを手を握って双子も美鈴を逃がすまいとしている。 これで一安心と親父の方へ意識を向けると、口説き落としが始まっていた。 甘い言葉をべらべらべらべらと、頭と口の中砂糖で埋まってるんじゃないか、あの親父と悪態を吐きたくなるくらいに甘い言葉を羅列して母親を口説いている。 ましてや四十に近いと言うのに、老いることのないあの爽やかフェイスが口説き文句をパワーアップさせていた。 母親は手を握られ恥ずかしそうに顔を伏せている。 そんな母親に焦ったのか、俺達から暴れて逃げ出し、美鈴が親父を牽制する。 しかし、そんな親父は息子の俺達を味方につけた。俺はそんなに加担していないが、双子はどうやら美鈴を大層気に入ったらしく一緒になって口説きに入っている。 …店の関係者以外立ち入り禁止の休憩室で一体何をしてるんだか。 そして、この状況をどうしたものか。 手を組んでその様子を眺めていると、戦い疲れた美鈴が俺の方へ歩いてきた。 しかし、完全に俺の側には来ずに一定の距離を保って。だからこちらから「どうかしたか?」と尋ね首を傾げると、 「イケメンの本気って、怖い…」 「は?」 さっぱり意味のわからん答えが返ってきた。 美鈴は俺に理解を求めてないのか、ただ小さく溜息をついて肩を落としたのだった。その日、俺達は共に夕食を取る事になった。
男が多い所為か夕食は焼肉の食べ放題だ。惚れた女誘う最初の場所に焼肉って…。 親父ってこんなに残念な男だったか? と思って憐れみの視線を送ると、親父は勝ち誇った顔をした。なんでだ?と疑問を表情に出すと顎で美鈴とその母親を見ろと促された。 仕方なくそちらを見ると二人共嬉しそうに前方を歩いている。 なんでだ。ただの食べ放題だぞ? あんなスキップでもしそうなくらい喜ばしい場所じゃないぞ? ますます疑問が増えると、横から声がした。 「普段外食は殆どしないそうだ。それに食べ放題とかも来たことがないらしいから」 「外食をしない?」 「…あの外見の所為だろうな。あんな二人が歩いていたら、誰だって見るだろう。そうなると落ち着いて食事なんて出来る訳がない」 言われて素直に納得した。 あと母親の方は今日みたいな事態を恐れていたんだろう。 「それに、今日は美鈴ちゃんの誕生日だそうだ」 「えっ?」 誕生日に誘拐されそうになるとか、可哀想過ぎるだろう。 「行くぞ。鴇。彼女達を是が非でも家族に引き入れる」 「…分かったって。今度はちゃんと協力してやる」 俺達は少し足を速めて彼女達を囲うように横に並んだ。双子も美鈴を挟む様に片手ずつ繋いでいる。 店の中に入ると、店員に案内され、六人用の個室へと案内された。 三人掛けのソファーが向かい合って置かれ真ん中に焼肉専用のテーブルがある。 奥から母親と美鈴、俺。反対に親父、双子の順に座って、案内した店員が必要事項の説明をしてきり上げたのを確認して、俺は立ち上がると美鈴へと手を伸ばした。 「美鈴、早速選びに行こうぜ」 「う、うんっ」 そっと俺の手を握り返して、ソファから跳ねるように地面に立つ。 その手はやっぱり少し震えているが安心させるように優しく握る。 「あ、ずるいよ、鴇兄さんっ」 「僕達も行くっ」 そう言って双子もくっついてきた。 親父は母親を口説き落とすのに全力を注ぐだろうから、付いてこないだろう。 俺達はバイキング風になっている食材の置かれたテーブルスペースへと向かった。 色んな肉が並んでいる。デザートも結構種類が豊富だ。飯類、スープ、サラダもあるな。 「美鈴、何食べたい?」 聞くと、美鈴はキョロキョロと楽しそうに辺りを見回している。 その姿は堪らなく可愛い。 「あ、ただしデザートは最後だぞ?」 冗談めかして言うと、一瞬目を瞬かせ、美鈴は笑った。 「だいじょうぶ。ごはんもちゃんとたべるよ」 …ヤバいな。かなり可愛いぞ、こいつ。 「…美鈴ちゃん、可愛い」 「うん。可愛い」 双子が無意識に口に出してしまうのも仕方ないと思えてしまうほど可愛い。 「えっと、えっと…とき、おにいちゃん…?」 うっ。ちょっと待てっ。落ち着け、俺。相手はまだ園児だっ。 名前を何で知ってるのかとかそんな些細な事はもうどうでも良くなってしまう。 要するに殺人的な可愛さだ。 「な、なんだ?」 声が上ずったりはしてない。絶対にしてない。 「おさら、とって?」 「あ、あぁ、そうか。そうだな。ちょっと待て。葵、棗。お前達持ってくれるか?俺は美鈴を抱き上げるから」 そうしないと美鈴は料理が見えないだろうって意図を込めて双子に言うと、二人はすんなり納得した。双子は皿置き場へ向かうと、中でも一番大きな皿を一枚ずつ持って戻ってきた。そして俺は美鈴を抱き上げる。 「見えるか?美鈴」 「うんっ」 「そうか。それで何食いたい?」 「うーんと、うーんと」 キョロキョロと視線を動かし、それでも嬉しそうに見渡す。 やっぱり焼肉食べ放題の店らしく肉の種類が豊富で、美鈴も並んでいる多種ある肉が気になるらしく、そちらを凝視している。 その視線が一か所で止まった。 「カルビがいいのか?」 問うと、顔を真っ赤にしてコクコクと必死に頷く。 「じゃあ、カルビにしよう。他はどうする?」 葵がささっと専用のトングを使って皿にカルビを乗せる。 「…ごはん、たべる…」 「他の肉はいいのか?」 コクコクと頷く。って言うか、肉、これだけでいいのか? まさかダイエットって事はないよな? まだ六歳だろ?…あ、いや、そうか。六歳だからか。そうだよな、六歳でそんなにがっつり食える訳ないか。 「分かった。飯とあとスープとサラダも持って行こうな」 極力優しくそう言うと、美鈴はまた嬉しそうに微笑んだ。 「……やっぱり可愛い」 「うん。可愛い」 おい、お前達。本音がだだ漏れだぞ。 まぁ否定は出来ないし、しないが。 「棗、葵。お前達も食いたいの全部乗せて来い。俺達は先に飯の所に行ってるから」 「うんっ」 「分かったっ」 美鈴を抱き上げたままサイドメニューのあるコーナーへ向かう。 へぇ、こっちも種類が豊富だな。 五目御飯に、紫ご飯に、鉄板の白米、五穀ご飯とかもあるな。 「ごもくごはん…」 キラキラ目が輝いている。ははっ、分かりやすい。 一旦美鈴を地面に降ろすと、トレイをとり、その上に茶碗を六つ並べる。 「ときおにいちゃん、わたしがおぼんもつ」 そう言って両手を俺の足下で必死に伸ばす。 なんだ、この生き物。可愛すぎる。 「本当に持てるのか?」 「もてるっ!」 ぐっと拳を握ってやる気満々の姿がまた可愛い。 「じゃあ、ほら」 トレイを預け、その上にある茶碗を一つ手に取り、五目御飯が入っているジャーを開けて手早く盛っていく。 四つに山盛りで、一つは少なめに、もう一つは普通に。 一つ盛っては美鈴の持っているトレイに戻して次を持つ。それを繰り返して、全部盛り終えると、次はスープの方へ移動する。 味噌汁からポタージュまでこっちも様々ある。 この店、かなり種類豊富だな。ちょっと感心してしまう。 「美鈴、何がいい?」 「わかめのみそしる」 …意外に渋いチョイスをされた。女の子だからポタージュとか冷製スープとか選ぶと思ってたんだが…。 そのギャップも面白くて、俺は素直に頷き、トレイを一つとると、スープ用の器に味噌汁を入れていく。 それもまた六つトレイに乗せ終わると、トレイを片手で持ち、二人で親父たちの下へと戻る。 「あ、戻ってきたな」 「お帰りなさい」 どうやら物凄く会話が弾んだようだ。二人の表情がとても晴れやかで満足のいく時間を過ごせたのが解る。 仲睦まじくなった二人の表情に、もう既に夫婦の域に到達してるんじゃないか?と思わされた。 「ママ、ごはんっ」 「美鈴、走ると転ぶぞ」 後ろから注意すると、 「ころばないもんっ」 と嬉しそうに微笑みながら美鈴が振り返った。 あぁぁ、ほんっとに可愛いなっ。頭を撫で回したいっ。 トレイをテーブルに置いて、身長的にテーブルに届かない美鈴からトレイを受け取るとそれもまたテーブルに置く。 弟達がまだ戻って来てないから、先に食べてるのもなんだし、俺は持ってきた飯とスープを配っていく。 美鈴とその母親から順番に置くと、 「ありがとう。えーっと」 あぁ、そうか。名前か。 「鴇です。白鳥鴇」 「鴇君ねっ。ありがとう」 大げさな位頭を下げるその母親に俺は苦笑しつつ首を緩く振る。 「これくらいどうってことないですよ」 「あ、これの事もそうだけど、それだけじゃなくて、今日の美鈴の事も含めて、ありがとう。本当に」 もう一度しっかりと頭を下げられ、しかもそれを見た美鈴も慌てて一緒に頭を下げている。 これは一体どうしたものか。視線だけで親父の反応を窺うがその目は「とにかくいい印象をつけておけっ!」と全力で訴えている。 勿論、その視線に抗う気はさらさらない。むしろ今はこの可愛い女の子を積極的に妹にしたいと思っている。ならば、取るべき行動は一つ。 「いいえ。もうお気になさらないで下さい。それに貴女がた親子には災難だったかもしれないが、今日貴女があの店に来てくれたおかげで、こうして可愛い子にも出会えたし、今まで無気力だった親父がこんなにも楽しそうだ」 俺は美鈴を母親の横に座らせて、その横に自分も座り、美鈴のその綺麗な金色を撫でた。 「…ありがとうございます。誠さんといい、鴇君といい、白鳥家の皆様は本当に優しい」 「ママ…」 「ねぇ、誠さん?」 真剣な瞳が親父を射抜く。 でも例え厳しい視線でも惚れた女に見つめられて親父は幸せそうだ。他人ならば気付かないだろうが、家族から見たらもうデレデレで瞳がもう緩みっぱなしだ。父親の威厳は何処行った。 「私も美鈴も、多分貴方達一家にとって、大変なご迷惑をおかけすると思うんです。今日みたいなことがこれから無いとは言えない。そんな私達でも、受け入れてくれますか…?」 後半の言葉はもう聞きとれないくらいか細い消えそうな声だった。 だが、親父の耳にはしっかりときっかりと一言も逃さず届いている。と言うかこの親父が惚れた女の声を聴き洩らす訳がない。 「勿論です。それに佳織さん。私はこう見えてもSPです。自分の家族くらい守り切ってみせますよ。貴女と貴女の宝物を必ず守り抜いてみせます。だから、…私と結婚して貰えますか?」 「……誠さん…。私で、宜しければ…はい」 …やった。親父が一日で口説き落とした。マジかよ。 「イケメン、マジ、怖い」 隣から小さい何かが聞こえた気がする……気のせいか? 求婚を受けて貰い、親父が歓喜に沸く。傍目普通だが息子の俺にははっきり分かる。超絶浮かれている。 「お父さん、どうしたの?」 「喜べ、お前達。お前達にお母さんと妹が出来たぞ」 「鴇兄さん、ホントっ!?」 浮かれている親父に聞いても真っ当な返事が来ないと踏んだのか、山盛りに肉が盛られた皿を持ったまま双子が俺を見る。 確かにプロポーズは成立していたから、まぁ、間違いはないだろう。 双子に分かる様に頷くと、二人はパァッと見るからに喜んだ。 「美鈴ちゃんが妹になるのっ!?」 「一緒に暮らすのっ!?」 「そうだ。今すぐって訳じゃないがな」 「やったぁっ!」 「僕達お兄ちゃんっ!?」 「そうだな」 二人が嬉しそうに飛び跳ねる。肉が落ちる。止めとけ。 皿を置いて座る様に指示して、その肉の山に一瞬引く。 どんだけ持ってきたんだ。…まぁ食べきれるだろうけど。その後、俺達は和やかな雰囲気で食事を開始した。
驚いたのは、美鈴がトングを持って焼き始めた事だ。しかも絶妙な焼き加減で、渡されて食べたんだが美味い。焼き方一つでこんなに変わるものかと俺達親子は絶句した。 何故か佳織母さん(親父からもう家族だからそう呼べと言われた)も盛大に驚いていたのが気になる。 「ときおにいちゃん、おやさいもたべなきゃダメだよ?」 そう言いながら、俺の取り皿に野菜を乗せてその上に何か調味料を適量かけて肉を乗せると器用に巻いてくれる。 折角巻いてくれたんだから、とそれを箸で掴み口に含むと、それもまたちょうどいい塩加減で素材の旨味を引き出して、旨い。野菜のシャキッとした歯触りもしっかりと感じられる。 本当に美鈴は色々と規格外だ。 「美鈴ちゃん、僕にもっ」 「僕も欲しいっ」 「いいよっ」 自分の作ったものが美味しいと言われ嬉しいのか、美鈴はてきぱきとさっき俺に作ってくれたものと同じ物を作って、皿に乗せると双子に差し出した。 差し出されたものを受け取り、双子は直ぐにそれを口の中に放り込み、キラキラと目を輝かせた。 分かる。旨いよな。 普通に考えて、焼肉食べ放題の店でここまでの味は期待しない。 大衆向けに味つけしているから、やたら塩気が強かったり逆に味がしなかったり。この店は後者で味があんまりしない。 なのに、貰ったそれはさっきも言ったように絶妙な味で旨いんだ。 焼き方一つでこんなにも違うのかと思い知り目から鱗がボロボロと落ちる。 双子が盛大に美味しいと繰り返すので興味を持った親父が美鈴に微笑みながらおねだりをしていた。 いい年したおっさんがおねだりって…。 じと目で親父を見るが、相手は全く動じていない。 「美鈴ちゃん、私にも作ってくれるかな?」 「うんっ、まことパパ。ママにもつくるねっ」 「ありがとう、美鈴」 美鈴は楽しそうに、自分の分は焼かずにせっせと焼いて作って皆に配って―――ちょっと待て。 「おい、美鈴。お前はちゃんと食ってるか?」 「たべてるよ?」 だったら何で視線を逸らす。美鈴の手元に視線を移すと、そこには手のつけられていない五目御飯と味噌汁、そして焼いた肉が一枚もない綺麗な皿があった。 「…美鈴」 「?」 首を傾げる美鈴。騙されないからな。 「葵、五目御飯と味噌汁のお代わり持ってこい」 「え?うんっ」 「棗は、カルビの追加、な」 「うん、分かった」 目の前に座る双子に頼むと、即動き指示した物を持って戻ってきた。 すっかり冷めてしまった美鈴のご飯とスープを手前に寄せて、双子に持って来て貰ったご飯とスープを受け取り俺の前に置く。五目御飯の入った器を片手で持つと、箸で五目御飯を掬い美鈴の口の前に差し出した。 「ほら、美鈴。あーん」 流石にびっくりしたのか、大きな目が更に真ん丸と見開かれる。 「食べないと、減らないぞ。美鈴、お前、もう少し太れ。抱き上げた時の軽さったらかなり心配になる」 おぉ、美鈴が林檎並に赤くなった。 六歳でもうこんな反応するってのはやっぱり女の子は早熟なんだな。 一向に引く気がない俺に暫く視線を彷徨わせた後、諦めた。いや、覚悟を決めた?美鈴は目の前の五目御飯をぱくりと口に含んだ。 もぐもぐと咀嚼して飲み込んだタイミングに、目の前の網で焼かれたカルビを箸でとり、その口に差し出す。 ぱくりとまた口に含み、もぐもぐと咀嚼する。 カルビは余程好きなんだな。幸せそうな顔で噛んでいる。 また飲み込んだタイミングにご飯を差し出す。 ……餌付けだな、これ。が、楽しいから止める気はない。 暫く美鈴の餌付けを堪能していると、横からくすくすと笑う声が聞こえた。 「ふふっ。良かったわね、美鈴。お兄ちゃんに食べさせて貰えて」 佳織母さんの言葉に美鈴は益々顔を赤くさせる。 器がすっかり空になったのを確認して、俺は席を立ち美鈴を抱き上げた。 「さ、デザートを取りに行くか」 美鈴を連れて歩き出すと、双子が慌てて追いかけてくる。 そして、デザート皿に全種類一つずつ置き、ついでにドリンクバーでメロンソーダをコップに入れてその上にソフトクリームを巻いていく。 今やってるアルバイトのおかげでこれだけは結構得意なんだよな。 綺麗に巻いたそれを美鈴に渡すと両手を上げて跳ねあがらんばりに喜ぶ。 それを見て双子も挑戦したが、二人共見事に失敗しソフトはソーダの中へと沈んで溶けた。 しょんぼりした双子がおかしくて声を上げて笑う。それに釣られた様に美鈴がくすくすと笑い、双子も「ま、いいか」と一緒に笑った。なんだかんだで楽しく食事が終わり、店を出る頃には親父と佳織母さんは肩を並べて歩き、俺達子供四人もすっかり打ち解けていた。
親父の車に皆で乗り込み、佳織母さんは助手席に、俺達は後部座席に。美鈴は俺の膝の上に座らせて、俺の両サイドに双子が座る。 暫く車で揺られている内に、さっきまで身を固くしてた美鈴が俺の胸に背を預けてきた。 その顔を後ろから覗き込むと、 「……寝てる」 それも気持ち良さそうに。 「可愛いなぁ。美鈴ちゃん」 「うん。ほんとに可愛い」 「僕達の妹なんだよね」 「うん。僕達の妹」 嬉しそうに双子がその顔を覗き込む。規則的なその呼吸を聞いてると自然と笑みが浮かぶ。それはきっと双子も一緒だ。 「本当、皆に心許したのね。美鈴。普段は人前で寝たりしないのに」 赤ちゃんの時は寝かしつけるのも苦労したのよと笑いながら言う。 あれだけ震えて怖がっていた子が、母親以外傍に寄せ付けなかった子が自分に気を許してくれた。それは。 「嬉しいですね」 ぽろっと零れた嘘偽りない本音。 腕の中で眠るこの愛おしい存在に好かれているなら、これ程嬉しい事はない。 俺は美鈴の額にそっとキスを落とした。 佳織母さんと美鈴の家につき、二人が家に入るまで見届け、俺達は自宅へと向かう。 「鴇、葵、棗」 「なんだよ、親父」 代表して俺が返事をすると、バックミラー越しに光る怪しげな瞳。嫌な予感がする。 「…一週間で準備するからな。覚悟しておけ」 「……マジか」 一週間で結婚の手続きから何から全て準備して一緒に住むと宣言され、俺は頭を抱えたくなった。あの誘拐未遂から、一週間後。 私の名前は「佐藤美鈴」から「白鳥美鈴」になっていた。 …イケメン恐ろし過ぎる。なんなの、この手際の良さ。 誘拐事件の翌日、誠パパと鴇お兄ちゃんが家に訊ねてきた。その手に婚姻届をもって。 私は自室で鴇お兄ちゃんとお喋りしていたけど、大人組はずっとリビングでイチャイチャしつつこれからの事を色々話していた。 そして、更にその翌日には新居に引っ越し。どゆこと…? 新居は物凄くでかい、所謂豪邸ってやつで。 元々白鳥家で所有していて、売ろうかどうしようか悩んでいた物件だったらしい。 とは言え、こうして住む分には何の問題もない。って言うか全然人がいなかったとは思えない綺麗に保たれてるんだけど。 これだったら私達親子が暮らしていた新築マンションの方がボロいわ。 ふと、一緒に住むならパパの家かママの家でも良かったのでは?とも思ったけど、誠パパの家は誠パパの奥さんと白鳥一家の、ママと私が暮らすこの家には私達のパパの思い出が詰まっているからそこは大事にしたいんだって。 だから、この今まで暮らしてたマンションも私達は引っ越すけど解約はしないんだって言ってた。それぞれの家は今まで自分達で暮らして管理してた訳だから特に問題はない。金銭的な出費は変わらないから問題ない。 私達親子の家はママの仕事用の倉庫。誠パパの家は成人した息子、娘が誰かしら住むだろう的な考えらしい。どっちもマンションの一室だし、私に否はない。 それにしても、話は戻るが、イケメン恐ろしい。 誘拐事件あったの日の夜。 前世でも実は肉好きな私。でも一人で焼肉屋に行く根性もなく一度も行けなかった焼肉食べ放題で完全に浮かれていた。 おかげで鴇お兄ちゃんに抱っこやら手つなぎやらでずっと触られていた私は、白鳥一家の男性陣にすっかり慣らされてしまった。 いや流石にイケメンのあーんは恥ずかし過ぎたけど…そうか、もしかしてショック療法なのかも。 そのショック療法のおかげか何か解らないけど、急に触れられると驚くし色々フラッシュバックして怖くはなるものの、ちゃんと行動が予測できればある程度は震える事がなくなった。 あんなに怖かったのに、なにこれ。イケメン効果なの?それとも、お兄ちゃん達が無害だから、かな? それともあれか?巷で有名な【ヒロイン補正】って奴? ほら、そう言う小説で
この日、俺達白鳥一家は珍しく休暇をとれた父親と一緒に買い出しに来ていた。 高校生にもなって家族で買い物ってどうなんだ?と思いつつも何気にきちんと大黒柱をしている親父に逆らえず、仕方なく一緒に来た訳だが。 葵も棗も久しぶりに家族での一時にご満悦である。可愛い双子の弟達も嬉しそうだし、まぁ、いいか。 結局は荷物持ちだろうがな。男四人で暮らしていると、とにかく食うから我が家のエンゲル係数はやばい数値を叩きだしている。 親父がそこそこ高給取りで良かったと心の底から思う今日この頃だ。 車が駐車場に止まり、車を降りると、丁度隣に車が入って来た。 (なんだ、あいつ?キモイ) いかにもなオタク系デブが写真を見ながらハァハァ言っている。 何の写真か解らないが正直言ってキモイ。 着ている桃色のTシャツが汗で変色し、履いているデニムはそのデブい体ではち切れそうである。キャップを目深にかぶって眼鏡とキャップが一体化してる。顔は良く解らないが、何はともあれキモイ。 まぁ、ああやってる分には実害がないし、俺には関係ないからいいけどな。 「鴇?どうした?」 声をかけられて、俺は静かに頭を振った。 「いや、何でもない。それよりほら行こうぜ。今日の晩飯なんにする?」 「そうだなー…。たまにはうまいもんが食いたいな」 「人に料理させといて何だそれ。だったら親父が作れよ」 「そうだな。たまにはそれもいいかもな」 「やだーっ!!」 「鴇兄さんが作ったのがいいっ!!」 「そ、そんな…」 弟達の全力否定に親父がよろけた。それがおかしくて俺達は笑い合いスーパーへと入っていった。 買い物している最中。 俺はふと欲しかった参考書があったことを思い出した。 ここのスーパーは本屋も入っていたはず。 親父に本屋に行ってくると一言断りを入れて本屋へ向かう。 えっと参考書、参考書っと…。 目当ての棚に向かって歩くと、白いワンピースに麦わら帽子をかぶった、やたら可愛い子が踏み台の上で背伸びしながら本を取ろうとしていた。 (おいおい…。ありゃかなり危ないぞ。悪戯にしたって下手したら怪我する) 辺りを見渡し親の姿を探すが、それらしき人はいない。 こんなに可愛い子なんだから親もそれなりに美人だろう。 だがやはり本
「美鈴ーっ、出掛けるわよーっ」 玄関から名前を呼ばれ私は急いでお出かけの準備をする。 今日は日曜日。前々からこの日はママと二人で遊びに行くと約束していた。 その為にママは多少無理をして仕事を終わらせてくれた。 正直中身が現世の年齢を加算して三十オーバー女としては【そこまで無理しなくてもいいのに】と自分の母親に対して姉のような気持ちになってしまうのだが。 ママは26歳。前世の私の年齢より若いのだ。まだ遊ぼうと思えば遊べる年なのに…。 とは言え今日は私の六歳の誕生日。 ママがこうやって休みを取ってくれて、遊びに連れて行ってくれる事自体は素直にとても嬉しいのだ。 体が幼いと、心も幼くなるのかな? どこかうきうきと浮かれてる自分もいるのだから、どうしようもないなと思う。 「美鈴ーっ?」 ぼんやり考えていると、今度は少し心配そうな声で名を呼ばれて、私は慌てて返事をした。 白のワンピースに大きな麦わら帽子。それと愛用のピンク色の鞄にハンカチ、ティッシュ、もしもの時の絆創膏と水の入ったミニサイズのペットボトルを入れて私は部屋を出てママが待つ玄関へと走った。 そんな私をママは満面の笑みで迎えてくれて、頭を撫でてくれる。 ふわあ…ママ、綺麗…。 何時も締め切り間際のボロボロ姿を見慣れてしまったせいか、ママのちゃんとした姿は女の私でも眼福である。 ストレートの金髪に似合う白い大きな帽子。そして私とお揃いの白のワンピース。私のは膝丈だけど、ママのはロング丈。 「ママ、きれいだね」 私は素直にママに賛辞を送ると、 「美鈴も可愛いわ」 ぎゅっと抱きしめてくれた。 んふふ。幸せ。 「わたし、ママ、だいすきっ」 「ママも美鈴の事大好きよ」 二人顔を見合わせふふっと微笑み合う。 ママに手伝ってもらい靴を履くと、差し出された手をとり私達は家を出た。 仲良く歩道を歩く道すがら、私はママに幼稚園での出来事を話す。 それをママは優しくうんうんと頷いて聞いてくれる。それはそれは優しい笑顔で。 …ママは美人だ。 乙女ゲームの主人公の母親だから当然と言えば当然かもしれないけど、でも、この視線は酷い。 擦れ違う男と言う男、全員がママを見て、振り返り、厭らしい目でママを見てくる。 前世の所為
「どうしてこうなった…」 机の上に置いた鏡と向かい合い、自分のやたら整った顔から零れた溜息混じりの呟きは宙に消えた。 この世に生を受けて5年目。でもって明日六歳の誕生日を迎える今、私は覚醒した。 いや、こんな言い方するとおかしいよね。 正しくは『思い出した』だ。 でもね、あのね。一つ言わせて欲しい。 私だってこんな状況思いもよらなかったよ。 だってさ?誰が思う? 生まれ変わったら、前世でプレイしていた乙女ゲームのヒロインになっているなんて。 はぁ…とまた溜息をついて、私はぼんやりと前世の事を思い出す。 前世の私は所謂隠れオタって奴だった。 外では普通に三十路に近い何処にでもいるであろうOLに擬態し、家ではネットサーフィンをおやつに乙女ゲームを主食として生きてきた本もゲームも美味しく頂ける活字中毒者。 二次創作や薄い本も嫌いじゃない。ううん、この言い方は卑怯だね。大好物です。常に美味しく摂取してきました。腐女子って言葉を正しい意味で私に与えられた称号として意識していた。 しかし、前世の私はすこぶる健康体だったし、まぁ脳内はある意味異常者かもしれないけどそれはそれなりに擬態してきた為、世間的にも悪い印象は与えていないはず。 そんな私は何故死んだのか。 これが、怖い話で家に押し入られたストーカーに刺されのだ。 刺された瞬間のあの男の顔は生まれ変わった今でも瞼の裏に焼き付いて忘れられない。さっきまで忘れてたじゃんって突っ込みはなしの方向で。 そして、何よりも気がかりがある。部屋に残った腐の産物、黒歴史を誰かが片したのかと思うと私は新しい今の人生を投げ出したくなるくらい恥ずかしい。羞恥で死ねる。 もう、どっちを後悔していいのやら…。 ……。 いやいや。落ち着け私。 話が盛大にそれている。 前世の私の話は今は置いておくとして、問題なのは前世でプレイしたそこそこ気に入っていた乙女ゲームの世界に生まれ代わっていたって事だ。 こういうのってさ?普通はさ? 悪役令嬢、とか、学校一人気のクラスメート、とかさ? そういうヒロインのライバル的な悪い立ち位置とか一切関係ない脇役とか、所謂ヒロイン以外の立場に生まれ変わってさ?運命なんて変えてやるっ!!とか言って盛り上がっていくのが常套句って奴じゃないの? え?なんでヒロインなの? ヒロイン